スパイクタイヤ大騒動 5 基地外社長と世の中なめてる走り屋ギャル

さて若い刑事さんの捜査車両で警察署に向かった私。昔ST165セリカGT-FOURに乗っていたというその若い刑事さんとフランクな感じで世間話などをしながらいよいよ取調べ室へ。

「取調べ室って、絶対に出入り口側に座らせてもらえないですよね」

「いやまあ一応そういう決まりになっていますので(笑)」

この取調べ室のドア側の椅子には絶対に座らせてくれない。一度入ったら個人レベルで合法的に脱出する方法はない。路上での職務質問もそうだ。どうしてもこれらを合法的に脱出したければ、私が編み出した究極の合法脱出ノウハウを使うしかないのだが、今回は被害者の立場でこの場にいるので、その奥義を行使する必要は無いだろう。


「そしてあれでしょ。任意の取調べの場合でも、嫌になって勝手に帰ろうとしたら刑事さんがドアの前に立ってブロックするんですよね?そしてその刑事さんをどかそうとしたら公務執行妨害で逮捕とか」

「そんなことしませんよ~」

・・・・・されるので注意が必要だ。

こんな感じで今までの苦労は一体なんだったというようなスムーズさでさくさくと事情聴取が進んでいく。さすが大卒の優秀な刑事さんだ。中卒の私とはレベルが違う。

「で、結局ケインさんとしてはどういうふうにしたいんですかね?」

来ましたよ本題が。

「そりゃあもちろん被害に遭っているんですから、キチンと事件として起訴して相手には法の裁きを下して欲しいですよ」

建前は建前としてしっかり主張しておかないと警察は動いてくれない。しかし俺はどこかのクレーマーババアとは違うのでキチンと妥協点を提示する。

「ですがね、相手のどこの誰かは存じませんが社長と呼ばれている人物が、きちんと私に誠意をもって謝罪をしてくれるというのなら、こんなことでわざわざ警察の方のお手間を取らせる必要も無いかなあと、そう思うんですがね」

「なるほどなるほど。では誠意ある謝罪とは具体的にはどんなものでしょうか?」

「刑事さんもお人が悪い。それをこちらから指定したら色々とまずいでしょう。どういうものが誠意ある謝罪かというのは相手の方が一生懸命考えるべきものであって、あくまで私はそれを受けて判断する側ですから」

「いやごもっともです。では被疑者(犯罪を行ったと疑われている者)の方にその点も含めて電話で話を聞いてくるのでしばらくお待ちいただけますか」

「わかりました。ところでもう夕方なのでカツ丼を食べたいのですが」

「取調べ室でカツ丼は出ないんですよ(苦笑)」

「いや自腹なのは知っています。刑事さんにもご馳走しますので一緒にどうですか?」

「はははは、またご冗談を~」

そういって若い優秀な刑事さんは取調べ室を出て行った。一人陰鬱な取調べ室に取り残された私。超あまりに退屈で死んでしまいそうなので、ナイショで携帯電話で画像とか撮ってみた。


取調べを受けるケイン被害者(まだ被害者)

 

すると若い有能な刑事さんが戻ってきた。

「・・・・・いやあ、先方にお電話してみたんですけれど、なんだかこの一件のトラブルのせいで今日一日仕事にならなかった。先方としても弁護士を立てて民事、刑事両面で名誉毀損や損害賠償でケインさんを訴えるというふうに言っています。ただ、本件の脅迫めいた言動の謝罪に付いては自分も言いすぎたところがあるから、電話で謝罪したいとは一応言っています」

「電話!?なんでこんな大事になっているのにこっちに来れないの?やる気ないの?」

「いやあなかなか仕事が忙しくて今日はどうしても来れないって言っています」

「刑事さん、札幌から高速道路で滝川まで2時間ですよ。逆にこっちが先方までお伺いしても良いといっている。別に仕事が終わるのが夜10時なら私はそれ以降でも待ってますよ。なのに直接面と向かって謝罪はできない。忙しくて行けない。電話での謝罪なら良い、はたしてそんなものが誠意ある謝罪と言えますか?ましてやこちらには何の落ち度も無いのに相手は法的対抗手段をちらつかせている。これが自分のした事に反省している人の態度だと受け止めることは常識的に考えてもかなり無理がありませんか?」

「つまりケインさんとしては直接会ってきちんと謝罪しろと。それが最低ラインだと」

「そう。電話で謝罪なんて何の誠意も感じられない。電話の向こうでは『どーもスンマセンでしたー』とふんぞり返っているかもしれない。そんなものは誠意とは言わない。するなら例えば土下座でも焼き土下座でもなんでも、キチンと誠意が伝わってくるような心からの謝罪をしていただけるのであれば、こちらも皆さんに余計なお仕事を増やして迷惑を掛けるのも不本意ですから私も穏便に済ませますよ。でもそのあとに、相手は謝罪した、だけど私に対しては訴えるとか、そういう仁義にもとるルール違反が無いように、キチンと相手には言い含めておいてくださいよ」

「わかりました。また電話してみます。ところで焼き土下座ってなんですか?」

「そいつぁ恐ろしくてとても俺の口からは言えない。組織に消されるかもしれない。詳しくはググってください」


・・・・・この1号取り調べ室のこのパイプいすの周囲だけが、俺の存在が許されている唯一の定位置だ。コーヒーどころかお茶ひとつ出てこないのはいつものことなので慣れっこだが、ツワモノになってくると、警察から事情聴取で出頭するようにいわれた段階で、「今日は長くなるからお弁当持ってきてね!」と言われるそうだ。ピクニックじゃないんだからそんなのは勘弁して欲しい。

時刻もそろそろ夕方でもう5時半だ。いいかげん飽きてきたところで再び若い有能な刑事さんが取調べ室にもどってきた。難しい顔をしている。

「ケインさん。例の社長ですが今札幌からこちらに向かっているそうです」

「はあ、私に直接会って謝罪したくなったんですかね?」

「いや、それはないですね・・・・・」

「じゃあ何しにくるの?謝りに来いって言っても嫌だって拒否したくせに」

「まあ一応当事者から事情を聞くというかなんというか」

「すると、もしかして私はその社長が到着するのを待っていなければならないわけ?」

「そういうことになっちゃいますね」

「それはいいんだけれどさ、この場合誰が私に『待っていてください』とお願いしているわけ?主語が誰なのか全然わからないんだけれど、まさかどこの誰かもわからない社長と呼ばれる人物が私に待っていて欲しいって言っているわけないよね。でも警察も私に対して待っていてほしいというような立場でもないよね?誰が俺に待っていてほしいと要請しているの?」

「いやあ、それを言われると厳しいなあ・・・・確かに、誰が待っていてほしいって決めたんでしょうねえ?」

若い優秀な刑事をいじめるつもりは俺には無い。ただ、組織とは往々にしてそういう理不尽なものなのだ。そしてその理不尽さは常に現場に振りかかって来る不条理なものである。俺はこの若くて優秀な警官にちょっと同情した。

「いいよ、刑事さんを困らせても仕方がないし、俺が自発的にここに残るって事にしておこうよ」

「ケインさんにそういっていただけると助かります~あと2時間くらいで到着する予定なんで、それまで・・・」

「カツ丼食ってるの?」

「いえ、今度は別の巡査があらためて事情聴取いたしますのでどうぞご協力ください」

「また同じ話をするのかあああああああああ!!!!」

今日で何度目になるかわからないこの無意味な事情聴取が、実はどこの誰だか存じませんが社長と呼ばれている人物と、ひそかに同行していたみいちゃんへ事情聴取するための時間稼ぎのためだったとは想像だにしていなかった。そしてむこうにはむこうにとって都合のいい言い分があり、なぜか徐々に俺の形勢が不利になっていくのだった。

続く

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません

 

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