弱小車屋の昔話 激安車に群がる22歳女子(?)の憂鬱とその仲間たち

車の業者オークションにまつわる昔話をしましょう。

うちは自他ともに認める弱小車屋ですが、

「ただのお客様には興味ありません!他店で出入り禁止食らった人、訳ありの人、クレーマーの人がいたらただちにうちに来なさい。以上!!」

こんな奇天烈な自己紹介をした覚えなんてほんの一度もこれっぽっちもありません。なのに当店アンリミテッドには、本当に摩訶不思議なお客様ばかり狙いすましたように集まってくるのです。これは一体どういうことなのだ。

そう、思い起こせばあれは寒い冬のことでした。

以前某SNSで22歳くらいの女の子がありえない条件で軽自動車を探していたんです。ちなみに画像を貼っておきますが、私の好みとはぜんぜん違うので下心は一切ありませんよ。それは後でわかります。

リクエストはとにかく錆びていなくて、四駆で、軽で、安くて!!

そんなものは詐欺か妄想以外に存在しないですよ。

そんな感じで色々SNSの掲示板でやりとりしていたんですが、ぱたっと掲示板ごと消えました。

すると今度は直接メッセージで色々聞かれ始めました。「このヤフオクの車はどうですかね?」とかあれこれ。すると最後に「実は自分が乗るんじゃなくて知り合いの整備工場で代車に使う車がないという事で探していた」というではありませんか。

ふざけんなゴルァ、なんで同業者のために俺が苦労しなきゃならないんだよボケが!とまでは言いませんでしたが、ていねいな言葉でそういう失礼な行動について指摘をして、最後にあなたから釈明の言葉を聞きたい、と返事をしたらぷっつりと連絡が途絶えました。それが2月のこと。

前ふりが長くなりましたが、ここからがいよいよ驚愕と混沌の這いよる本題なのです。そんなことがあったのも忘れていた4月になって、その女の子からいきなりこんなメッセージがきました。

「なかなか返信出来なくてすみません。お電話で話せませんか?」

・・・・・。どう考えてもデートのお誘いとは考えられません。普通なら無視するのが賢明なのですが、揉め事があればわざわざ首を突っ込むというのが新宿の事件屋と呼ばれた(?)俺の悪い習性です。ただ、携帯電話番号を教えるとまた揉めるのは明らかなので、事務所に電話を寄こすようにメッセしました。

10分後。知らない番号から着信が。

「はいアンリミテッドです!」

「・・・・もしもし?先程メールしたものですけれど( 男 声 )

「(!?)え、✖✖子さんご本人ですか?」

「はい」

「✖✖子さんって女性ですよね。そちら様は男の方ですよね。ご本人なんですか???」

「あー、まあ色々あるんですが本人です」

「あのう、失礼ですがお歳を伺ってもよろしいですか?」

「40歳です」

ネカマキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !!

まあそんな事はどうでもいいんですが、彼は自分がネカマだったという設定はもうどうでも良いくらいパニックに陥っていました。とにかく困っている様子でべらべら話し続けます。唯一の救いは、この人(以下「萌えくん」と呼称します)はこちらが理路整然とかみください説明して、質問をすれば一応それなりに答えが返ってくることでした。

要約するとこういう事になります。
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Bという地元の整備工場からとりあえず13万円をもらって、車検がついていて4WDであまり錆びていない代車用の軽自動車を探すという任務を与えられた萌えくん。

そこで某SNSにそういう車を譲ってくださいと書き込みしたものの、私や色々な人から辛口の直メが殺到してけちょんけちょんに書かれて嫌になったのか、ともかくその掲示板は消してしまったそうです。しかしその後も私と何回か直接メッセージでやりとりしていましたが、彼が色々嘘をついていたのでむかっとして私が「釈明を聞かせてもらおうか」とメッセージを送ったところ、それっきり連絡が来なくったというのが2月。

そこでこの任務は諦めたのかと思いきや、その後も彼はありとあらゆる方法を駆使して各地域津々浦々から情報収集を続けていたみたいです。

で、先週Aという業者がヤフオクに出品していたekワゴンを見て、現車確認もせず電話で「錆びてませんよね」とか「7万スタートで10万即決だから、7万円にして欲しい」とか、ありとあらゆる問い合わせをしまくったあと、わざわざ道北から札幌のそういう車を扱っているお店に行ったみたいです。
そこでも延々とああでもないこうでもないと言って、最終的にはそこにあったekワゴンを9万円まで値切って買いました。

そこで萌えくんは仮ナンバーをつけるのをその業者に依頼。当然の如く拒否されると「え、どこでもナンバー付けてくれますよ?」などと意味不明の供述をした挙げ句、最終的には仮ナンバーの借り方をAから教えてもらい、教えてもらったにもかかわらずBの整備工場に自賠責をかけさせて仮ナンバーも用意させて、自走でekワゴンを札幌から引き上げてきました。そして意気揚々と地元に戻った萌えくん、Bの整備工場に車を持っていくと

「なんぞ、これFFやんけ。4WDじゃないといらないわ」

と言われてしまったそうです。

それで萌えくんは、Aに話が違うので返品したいと何度も電話をしているのだが返品は受けられないの一点張りで埒があかないとのこと。

あー長かった。ここまで聞き出すのに1時間以上掛かっています。

要するに彼は自分の願望と現実が錯綜していて、その事実をリアル世界から突きつけられたときでさえ、自分が悪いからその9万円の車は自分で買って処分するという発想が全く思い浮かばないのです。車をAに返す方法だとかBに買ってもらって代車に使ってもらっても一日3000円なんだからすぐに元が取れるのにとか相手を無視した無茶な解決方法ばかりが頭の中で延々と無限ループをしていて、錯乱状態で藁にもすがる気持ちでうちに電話をしてきたようです。

普通の車屋だったら「それがウチと何の関係あるんじゃ!」で終わりなんでしょうが、それでは空前絶後のお人よしな車屋アンリミテッドの名が廃るというもの。仕方がないので、じゃあ一応その札幌の車屋さんに電話するだけしてみましょうかということで助け船を出してあげる事にします。

で、その札幌の業者さんに電話をしてみました。
すると驚愕の事実が。
萌えくんはこの3日間で何度どころか一日あたり何十回も電話を掛けていたらしい。これは間違いなく基地外のなせる所業です。まさしく威力業務妨害レベルです。詳しい話を聞くと萌えくんの言っている話とは全然違い、やはりその業者さんに全く落ち度はありません。一応こちらで知恵を絞って考えた金銭的な和解案を提示してみたものの「もう関わりたくない」とのこと。そりゃあそうですよね。

で、逆に私の方が「もう萌えくんにはそちらに電話をさせない」と誓約することになり(笑)、すぐさま萌えくんに説教の電話をすることになりました。

「あのね、ヤフオクの説明には駆動方式FFって書いてあったやん。いくら電話で四駆を探しているって言ったからって、その車の説明をきちんと読まないで、現車確認もしないで、しかもヤフオク外取引を持ちかけて値切って、勝手に思い込んで買ってきた君が悪い。」

萌えくんはそれでも納得いかないようでしたが色々アドバイスしたところ、最終的にはその地元のBという車屋さんに商品車として並べてもらえる事になって、金銭的損失はかろうじて免れたようです。

「いいかい萌えくん、これに懲りたら二度と現車確認もしないでヤフオクで車を買ってはいけないよ。約束だからね?」
「もうこんな大変な事になるくらいなら、今後他人の代わりに車を探したりするの辞めます」
「よしよし。わかればよろしい。まあ何か困ったことがあれば、こうして不思議な縁ができたことだしいつでも相談してきなさいね」

ということで一件落着したのだった。やれやれだぜ。

だがしかし、好事魔多しというかなんというか、またしても萌えくんは想像を超えるトラブルを俺に運んでくるのでした。

しばらく経った夏のある日。また萌えくんから切羽詰った様子で電話が来ました。ていうか彼は彼の所属している会社の電話から私用電話をバンバン掛け捲ってくるのでそれは大丈夫なのかと気になったのですけれど、実はあまり問題なかったのです。理由は後述。

なんでも今回は、ヤフオクで落札した札幌のタントカスタムを、現金45万円を持参して道北から積車で引き取りに行ったら、約束していた日時に着いて何度(多分数十回以上)電話しても相手が電話に出なく、連絡がとれなくて相手の住所もわからないし結局帰ってきた、と。地元に戻ったのは夜中すぎだし燃料代だって相当掛かったし、一緒に行った保険屋の社長さんにも迷惑掛けたし、さんざんだったということ。

「萌えくん、またヤフオクで車を買ったの?」

「だってそれしかなかったから」

「どうせまた現車確認していないんでしょ」

「でも取りに行く2日前にはちゃんと電話して約束したんですよ」

「あのねえ。そういう問題じゃないでしょう?前に、もうヤフオクでは現車確認しないで買ったりしないって私とあれだけ約束したじゃないですか」

そう言っても全然納得しない萌えくん。なにせ今回は保険屋の社長さんが何か関わっているらしく、とにかくまずいまずいとパニックです。
そしてヤフオクのページを見てくれというので、早速見てみました。

「・・・・・・・萌えくん」

「はい?」

「これちゃんと説明文読んだ?いや絶対読んでないよね。落札後3日以内に必ず入金って書いてあるんだけれど、なんで10日以上過ぎてから現金持っていって引き取りに行くのさ」

「いや落札したあと電話でそれでいいかって聞いたらいいって言うから」

「そういうのは入札する前にそもそも出品者への質問で聞くのが常識でしょ!落札してからそんな事言って、ダメって言われたら他の入札者さんにも迷惑が掛かるんだよ。その辺全然理解してないでしょうあなた。それだったら相手だって萌えくんの入金を待っている間、他にすぐ売れる相手が見つかったら、いく来るかわからない君を待っていたりしないでさっさと他の人に売っちゃうよね」

「だけどオレちゃんと落札しているんですよ!?電話だってしているし!!」

「その会話の内容の証拠はないでしょ。そしてヤフオクではヤフオク上の説明と質問の回答が全てだから。3日以内に入金をしていない時点で萌えくんのほうが契約違反。これは相手から悪い評価をつけられていてもおかしくない事案だよ」

「なんでですか!こっちが相手に悪い評価つけたいくらいですよ」

「それはやめておきなさい。お互い報復評価の応酬になって誰も得しないから」

「むむむむむむむ~」

萌えくん全然納得いかないご様子。

「それで、今回は俺にどうして欲しいの?」

「そうそう、それなんですよ。保険屋の社長さんからどうしても急いでかわりのタントカスタムを用意してくれって頼まれているので、ケインさんに相談しようと思って電話してみたんですよ」

「ああそういうこと。なら今日が月曜日で、あさって水曜日に札幌でオークションあるからちょっと見てみるよ。また電話します」

「ほんっと、もうケインさんしか頼れる人いなくてマジ困っているんです。なんとかお願いします」

まあ乗りかかった船なので(また沈むような気はするが・・・)、過去の相場とか今週の出品を調べてみます。
ご希望のタントカスタムはグレード等でかなり相場の幅が広く、普通のものだと60万円台~事故車や過走行で安くて30万円台というところです。今回の予算は全部で53万円、そのうち仕入れに使える金額は45万円ということですが、なんだか多少予算から足がでても良いとか、予算の中でインダッシュタイプのナビが付いていないとダメだとか、いろいろ意味不明な不確定要素が多すぎます。多分これは関わっている人間がそれぞれ勝手に金勘定をしているからこういうみっともない事になるのでしょう。まあいいや。当たりをつけたあと、萌えくんにまた電話しました。

「とりあえず2台ほど水曜日のオークションで買えそうなのはあったよ。どっちも事故車だけど」

「もう何でもいいんでそれ持ってきてください」

「いやね持ってきてって言われてもさ、オークションっていうのは時の運だからそもそも落札できるかできないかもわからないし、仮に落札したとしても どうしてもその日に留萌まで納車しないとダメなんでしょ?(理由はこのときはわからないのですが)その日のうちに持っていくなら当日までには代金や経費をご用意してくださいな」

「いやお金の事は保険屋の社長さんがちゃんとしてくれるはずです。あの人かなり儲かってますから」

「いや、筈じゃどうしようもないんだよね。そもそも誰が買う車なの、誰がお金を出す車なの」

「それが色々複雑なんですよ」

「(どうせまた小遣い稼ぎをしようとしてクビを突っ込んだんでしょ?)とにかく、その45万円の現金っていうのは誰が用意したのさ」

「B整備工場ですが(またここか)、お客さんが銀行でローンを組んで工場に入金になるのが水曜日なんですよ。そして車を探してくれとお客さんから頼まれているのは保険屋の社長で、車がないと社長の信用問題になるっていうのでこうやってオレも焦って探しているんですよね」

「・・・・・・・・・・・・・」

懐疑提言。萌えくんはこの非常事態を全く理解していない。ここまで状況を知っているのに金以外のことを何一つ考慮していない人物に、これ以上はいくら説明しても無駄であると推測する。私はブローカー支援啓発セミナーではないのだ。

「そういうことならね、うちはまず現金を預からないとオークションに参加しないので、その保険屋の社長さんから直接私に連絡くれるよう話をしてもらえるかい?」

「いやあ、あの人とても忙しい人だから・・・」

「うちとしては、お金を用意してくれる人こそがお客さんなので、萌えくんが現金用意してくれるならそれでも良いんだけれど」

「そんなお金あるわけないじゃないですか」

「じゃあ保険屋の社長さんとウチで取引の詳細は直接話し合うから、連絡よろしくね~」

というわけでその保険屋の社長さんからの連絡待ちとなりました。すると程なくその保険屋の社長さんから電話が掛かってきました。それで電話ではアレなので直接こちらまで来てお話をしたいとのこと。それでウチのプレハブ事務所の方へご案内いたしました。

保険屋の社長さんとの初対面の印象は、「なにこの超爽やか日焼け系ヤングエグゼクティブ的な好感度高い人?」です。ですが表稼業でも裏街道でも多くの修羅場を潜り抜けてきたこのワタクシには、何コイツうさんくさ過ぎだろセンサーがびんびんに反応しまくっていました。

先にネタバレすると社長さんはワイシャツにネクタイできちんとした身なり、一方私は車屋なんですから当然作業ツナギ。それでも私もお客様と会うわけですから、当然綺麗なツナギに着替えてからお会いしているわけです。なのにこの社長さんは後日人づてに聞いたところ「こっちが背広を着てびっとして行ったのに、向こうは作業ツナギなんか着てて・・・」的な職業蔑視的な発言をしたそうです。職業蔑視的な発言が許されるなら、保険屋っていったって損保ジャパンなんて(略)。実は私には20年来のお付き合いをさせていただいている凄腕の保険屋さんの先輩がおりまして、彼は今では東海の道央エリアマネージャー(正式な肩書きは長すぎて覚えられない)をやっている出世頭でもありますが、その先輩に「この保険屋さんって聞いたことありますか?なんか口ぶりがすごく大物っぽいんですけれど」と探りを入れたら「全然知らない~、だけど損保ジャパンだから、しょせんそういう程度の人でしょ(笑)」と蔑視しておりました。いや私が蔑視したわけじゃないですからね、念のため。

話は脱線しましたが、名刺を交換して、まずはいきさつを最初の最初からご説明いただきました。だって萌えくんの説明では全然意味がわからないんだもの。それで一通りいきさつを聞いたところでは、社長さんは地元では相当のヤリ手らしくガンガン他社の保険のお客様を引き抜いてきて、地元からもお客様からも信頼の厚い頼もしい存在であるということ。そして相当羽振りも良さそうです。それでまず一つ目の質問をぶつけてみました。

「社長さんのようなしっかりした方が、何故萌えくんみたいな風変わりな人物とリスクを負ってまでお付き合いしているのですか?私の事だって社長さんとは萌えくんからの紹介なんですから、逆の立場だったら彼の関係者を簡単に信用なんかできないですよね?」

「それには実は色々とありまして・・・端的に言うと彼は別にそうでもないんですが、彼の父親が実は地元の名士なんですよね。それで無下にもできず、私も回りの人間も皆彼とは適当にお付き合いをしてあしらっているような状況なんですよねえ。というかケインさんも既にお分かりだと思いますが、はっきり言って彼マトモじゃないですよね。そして今回も彼のせいですごく困った事になっているんです。もうここまで来るとお金の話ではなくて、私個人の信用の問題なんです。お金の話じゃないんです」

大事なことなので社長さんは二回言いました。

「でも社長さんのような人望も人脈もあるような方でしたら、地元の車屋で中古車業者オークションに加入している車屋さんの知り合いの一件や二件あるような気がするのですが、何故わざわざ私にご依頼を?」

「いやそれが実は、保険というのは車の販売とセットなんです。車屋も車の販売だけでは業績が上がらないのでセットで保険も販売して利益を出しているわけです。ところがそういうお客さんを私がどんどん引き抜いてしまうものですから、地元のほとんどの車屋さんから私は煙たがられているんです」

なるほど。まあ一応筋は通っているかな。そこでいよいよ私は本題である、第二の質問をぶつけてみました。

「ところで社長さんは私に渡す現金の札束を既にこの場にお持ちのようですが、今回のタントカスタム購入のその現金管理の最終的な権限は一体誰にあるのですか?そのお金は社長さんのポケットマネーでも購入者の前金でもないですよね」

「たしかにおっしゃるとおりです。私の保険のお客様がタントカスタムを欲しがっていまして、私は本業が忙しくて車関係は本来やっていないのですが、アフターフォロー的な感じで今回仲介をしたのです。で、萌えくんが間に入ってB整備工場がこの現金を立て替えています」

「で、お客様は銀行で自動車ローンを組んでいて、それがB整備工場に入金になるというのがあさっての水曜日ということなんですね?」

「その通りです」

「となると水曜日に車がないと相当まずいですよね。ていうか萌えくんは全然理解していないでしょうが、それってぶっちゃけた話で言うと詐欺になりかねませんよね」

銀行の組む自動車ローンというのは最近特に厳しくて、見積書のほかにも車体ナンバーや名義変更後の車検証、その他何から何までいちいち確認してくるのです。それは低利でかつ利用しやすい自動車ローンを、自動車関連以外の他の目的で利用させないためなのです。

わかりやすく言うと、家を建てるからと言って銀行から住宅ローンで1000万円借りてそれを株取引につぎ込んで溶かしてしまったら、銀行から詐欺で訴えられるということなのです。

私は続けました。

「・・・事情はわかりました。かなりやばいですよね」

「やばいですね」

「ですが、車体は水曜日に間に合ったとしても車検証はそんなに早く出来上がりませんよ。」

「いえ、実は私は地元のライオンズクラブの会員でもあり、そのご縁でその銀行の支店長とも親交がありまして、今回に関しては後付けでもいいから書類関係をきちんとまとめてくれれば多少遅れても良い、ということで話を通してあります」

「なるほど、わかりました。まあオークションは相場が常に変動するものなので絶対の落札のお約束はできませんが、お預かりする45万円の範囲で精一杯頑張らさせていただきます。ですが、あくまでもお預かりした金額内でしか入札に参加できませんし、代金の決済を済ませないと搬出もできませんので、実際には会場に払う落札手数料などを差し引くと実質40万円位までしかセリに参加できません」

私はいったん間を置いて、話を続けました。

「それで最悪もし候補の2台どちらとも落札できなかった場合はどうするのですか?お預けいただく予算をもう少し増額していただいたほうが今回のようなケースの場合だと確実かと思いますが。もちろん安く落札できればその分はお返しいたしますし、予算いっぱいで高値落札したのに私の報酬を5万円10万円よこせなんて事にもならないので、落札額を見てから私の報酬は決めるという事で。なので確実に行くのであれば予算の上積みをお勧めいたしますが」

「いえ、45万円以内で落札できなかったらもうその時はそれで仕方がないという事で」

「そうですか、わかりました。では精一杯やらせていただきます」

そして私は45万円のキャッシュが入った封筒を握り締め、次の商談先へと急ぐ社長さんを見送ったのでした。

そんなわけでタントカスタム落札資金として45万円のキャッシュをヤンエグっぽい保険屋の社長さんからお預かりしたわけですが、本日は月曜日。そしてオークションは水曜日。単純に仕事をこなすだけであれば、言われたとおりに水曜日にオークション会場に行って入札ボタンをポチポチと押せば良いだけなのですが、私とて一応車屋の看板を掲げている以上仕事に対するプライドというものがあります。ましてや今回はゼニカネの問題ではなく信用の問題だと社長さんもおっしゃっていたので、こちらとしてもできるだけ安心できる良い車をお渡ししたいのです。

なので、オークション前日の火曜日に下見に行くことにしました。当日下見だと他の下見客とバッティングしたり、時間的にあわただしかったりして納得のいく下見ができないこともあるので、やはりここはプロとして前日にきちんと下見をしておくのがベストでしょう。というわけで翌日片道1時間以上かけてオークション会場に向かいました。
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そしてお目当ての、タントカスタム黒へ。

うーん、これは・・・。評価点R(リペア)、つまり事故車なのはわかっていたのですが・・・出品票には評価点として通常6~2点までとR(事故車)などの表記がされていますが、Rと言ってももちろんその中でも上中下、程度は様々あります。でもRはRとしか書いていませんので、入札店が自分で見て判断しなければなりません。でもこれはちょっとダメだな。

ちなみにオンラインで事前に見ていた画像。

まあぱっと見綺麗ですよね。事故車だなんてわかりません。もちろん評価書にはキズや凹みなどは事細かく記載してあるのですが、実はこれがあまりあてにならない。結局目立つか目立たないか、許容できる範囲かそうでないかは自分の目で判断するしかないというのがこの業界の実情です。

で、私がすみずみまでチェックするとこんな感じでした。

これどうみてもへこみすぎやないか兄弟!!そのほかにもフェンダーとかあちこち腐食の兆しが既に出てきています・・・そしてこの車は前も後も修復してあるのですが、リアを見たときさすがにこれは無いわ!と思いました。

修正したときに手抜きで直したからでしょうか、こんなにサビが進行しています。この車は恐らくあと2年後くらいにはあちらこちらにサビが発生しまくって「なんじゃこりゃあああ」となるのは火を見るよりも明らかです。エンジン音も心なしかちょっとだけイマイチな感じします。今回はゼニカネの問題ではなく信頼の問題ですから、正直これはパスしたいところ。

気を取り直して次の紫に行ってみます。紫の方のタントカスタムのオンライン画像はこんな感じです。

これも事故車とは思えないくらいぱっと見は綺麗ですね。

みなさんカン違いされているようなのでここで少々余談を挟みますが、事故車は確かに敬遠される傾向にありますが、きちんと直っている事故車は中途半端な無事故車より絶対にお買い得です。どんなに直してもまっすぐ走らないとかいうのは100%都市伝説ですから。事実私が以前乗っていたスープラは左右クォーター全交換の完全事故車でしたが、280km/h でもきちんとまっすぐ走りましたよ。オークション会場の下見では走行できないので完全に見極めることはできませんが、少なくとも事故車を買った後に不調があったとしても安く買った分きちんと手間ひまを掛けてやれば通常の使用には問題ありません。

で、紫タントカスタムの話に戻ります。お客さんの要望は車体色黒だったのですが、社長さんへ説明した時にはプリントアウトした出品票と画像をみせて、紫でも「見た目黒っぽい紫だから、ここまできたら黒と言い張るしかないです!」と力説してしまいました。

でも太陽光の下でマジマジ見ると、これは黒というよりどうみても紫茶色です。黒と言い張るにはちょっと無理がありました。

ですがその他については車体にサビもなく、あきらかな修復感を感じさせるようなところもなく、何よりエンジンの音が断然こちらの方がメカノイズが少なくて、どこをどう考えてもこちらの方が100%お勧めです。

そんな感じでたっぷり下見をしたあと、一応報告の為保険屋の社長さんに電話をしてみました。

「お忙しいところすみません。実は明日のオークションの前に、気になったものですから2台とも本日下見をしてきたのですが」

「どんな感じでしたか?」

「本命の黒の方は、正直なところ車屋としてはお勧めできません。2年後はに腐食だらけになって、お客様から何でこんなものを売りつけたんだ!と言われて社長の信頼に傷がつくのではないかと」

「あー、そんな感じなんですか・・・」

「紫の方も、画像では黒っぽい色に見えましたが実際に見ると全然黒ではなかったです。ただし、紫の方は同じ事故車でもきちんと修復されており、サビ、キズも少なくエンジンも黒より随分調子が良さそうでした。紫でしたら私の見立てとしては安心してお勧めできるのですが」

一拍置いて、私は続けた。

「そして悪い事に、セリ順は紫の方が先なのです。もし黒一本で行くとなると紫は見逃すしかありません。順番が逆だったら、黒がダメなら紫と、保険を掛けることができたのですがそれができない以上紫でもOKとするか、黒一本に絞るかのどちらかしかありません」

「うーーーーん」

「どういたしますか?」

「いや、お客さんからはあくまで車体色は黒ということでご要望を受けているんですよね。ちょっと先方と相談してみます」

「わかりました。セリは明日の朝一ですから、本日中いくら遅くでも構いませんので必ずどうするのか方向性を連絡ください」

そうして炎の火曜日は終わりました。炎天下のなか展示場のコンクリートの照り返しを炙られ、日陰ひとつない広大な敷地を夢遊病人のようにさ迷い歩き続けた結果、脱水症状になったのはいうまでもありません(笑)。

そしていよいよセリ当日。だが保険屋の社長さんからは一向に連絡が来ません。しびれを切らしてこちらから電話してみました。

「おはようございます。今お電話大丈夫ですか?」

「これから接待で、ゴルフでラウンドするところなんですけれど少しなら大丈夫ですよ」

「昨日の件なんですが、紫と黒、どうしますか?」

「それなんですけれどね、やっぱり先方はどうしても黒がいいって言うんですよ」

「そうなんですか・・・・なら仕方ないですね。では紫は見送りということで、黒一本で行きます」

「それでお願いします。それと電波が悪いのと風が強くてよく聞こえないんで、ちょっとこれからあまり電話に出られないかもしれません」

「では結果がでましたらとりあえずそれだけでもご連絡させていただきます」

うむ、これ以上はどうしようもない。まあ現車を見た他のバイヤーがあの黒のタントカスタムを高値で入札するとはちょっと考えにくいし、なんとかなるであろう。そんな甘い気持ちのまま、オークション会場には午前9時に到着しました。

セリは10時開始なのですが、混雑がひどい時になると7時台に会場に着かないとPOS席(入札をする個人個人の席)が確保できない時もあります。だが今回はそれほど大規模なオークションではないのでPOS席は簡単に確保できました。あとはセリ開始までヒマを潰していればいいだけです。

そしてセリ開始。本命から外されたタントカスタム紫の方が先にセリに入った。紫は6万円スタートだが一体いくらまで競るのか。20万円、30万円、全然上昇スピードが落ちない。30万円後半からセリ価格上昇が落ちてきたが、それでも40万円を超えた瞬間に、どの道この車はうちでは落札できなかったのだなと一気に興味がうせた。まあ、もともと買うつもりのない車だったしどうでもいい。ちなみにあとで確認したところ、41万円超まで札は入ったのだが、出品者がそんな価格では売るつもりが無かったようで、あっさりと流札になっていました。

そしていよいよ本命の黒タントカスタムのセリが始まった。紫はエンジンがNAだったが黒はターボ。それを考えると相場は高くなると考えるのが定石だが、もしきちんと現車を確認していれば紫より高い値段を付けるのはありえない。ただ現車を確認もしないで入札する恐ろしいバイヤーも相当いるので、予断は許さない状況です。

スタート価格は1万円。ここでひとつ注意していただきたいのは、業者オークションでのスタート価格というのは実はあまり意味がないものなのです。出品者側で最低でもこれ位で売りたいという指示を別途出しているので、売り切り車両でないかぎりスタート価格と落札価格に関連性はないのが実情です。

そしてセリ開始と同時に価格が跳ね上がります。こういうときはとりあえずガチャ押しです。ガチャ押しとは、値段の上昇具合を見ながら何も考えないでガチャガチャと入札ボタンを押すことです。入札の意思を示しておかないと、出品者が「ああこの車は今週食いつきが悪いから来週再出品するわー」と流札させられてしまう可能性もあるのです。

20万円、30万円、勢いは全然止まらない。40万円手前で少し値段上昇ペースが落ちてきた。最悪俺が赤字になってでもこの黒タントカスタムは落とす!そう思って42万円手前までボタンを押していたのだが、そんな俺の思惑をあざ笑うかのように価格は43万円、44万円と上昇をし続けてた。もう無理だ。手も足もでない。結果、この黒タントカスタムは50万円弱で落札されていった。こんな手抜き修理の車を落札したどこかのバイヤーから、こんな車をもっと高値で買わされるどこかの客が正直気の毒でならない。

ちなみにざっと計算すると50万円で落札した車には消費税、落札手数料、陸送費、リサイクル料、自動車税相当額というものが加算され、それがオークション会場に対する落札店の総支払額となります。つまり黙っていても50万円に+5~6万円は上乗せされる。本来であればさらにそこに通常の利益等が乗るわけですから、お客様のところに届く時には70万円は下らない価格になっているでしょう。こう言うと、「なんだ車屋ってぼろ儲けなんだな」と思う方もいると思うがそれは大きなカン違いです。買ってきた車に対してはたいてい多少なりとも加修が必要となります。オイル交換だってしなければらないでしょう。そもそも入札に行くという時点でその人件費が発生します。名義変更だって業者に依頼すればそれなりの費用が掛かります。オークションに出品されている車にはほとんどガソリンが入っていないのでそれも考えなければいけません。そうしたものを差し引いて一体いくら残るかを考えれば、けっしてぼったくりではないというのがお分かりいただけることと思います。むしろ当店の価格設定が異常に安すぎるのです。

こうして俺の戦いは終わった。

午前中に会場をあとにして、まずは保険屋の社長さんに連絡をします。

「黒のほうですが、50万円以上の値段が付いたので手も足も出ませんでした」

「えー、本当ですか。紫はどうでしたか」

「紫も予算オーバーの上、希望価格に届かなかったようで流札になりました。予算の中で最大限の努力はさせていただいたのですが今回はちょっと難しかったです。あくまでもオークションは競りなので、その時その時で株や為替のように常に相場は上下するものですから、そういうものとご理解いただくしか・・・」

「そうですよね、相場と同じですものね。いやあ、しかしまいったなあ」

「一応私のコネクションの中でタントカスタム黒の在庫がどこかにないか確認してみます。そして私は加入していないのですが、明日は千歳でTAAのオークションがありますので、そちらに加入している知り合いにも一応声は掛けてみます。ただ、人を介せばそれだけ費用もかさむのは当然ですし、そうなると予算内でという望みはますます薄くなりますが、どういたしますか」

「・・・・いや、こうなった以上この件はもう仕方がないという事で」

「わかりました。では私の方でお手伝いできるのはここまでとということで。それで、今回の私への料金というか報酬なのですが、ただ働きというわけにも行かないので、ざっくばらんに2万円ということでどうでしょうか」

「・・・・はい、それで結構ですよ。あとで口座番号をメールしますので、2万円を差し引いた残額を振り込んでください」

「了解いたしました。あまりお役に立てず申し訳なく思っています。それでは失礼します」

疲れた・・・。滝川に戻ったのは午後12時半を少し過ぎたころだった。ふと携帯に目をやると、どうやら着信があったようです。萌えくんからでした。一応彼にも報告しなければならないとは思っていたので、電話をかけてみます。

「あー萌えくん?社長には既に連絡してあるんだけれど、オークションダメだったわ」

「どっちもですか?」

「いや、今朝黒一本に絞ってくれって言われたからそっちだけ」

「紫はどうなったんですか?」

「予算オーバーの上流札。これ以上はどうしようもないね」

「えええまいったあああああ、どうしたらいいんだ・・・」

「まあ私のほうではもう打つ手なしということて社長とは話し済んでいるので。お役に立てなくてごめんね」

ふう。これで一件落着か。

 

 

と思ったでしょう!アハハハハハハハハハハハハハ残念!!ここからが地獄の本番、金と時間と欲望がせまり来る刹那の現実にむせる、むせる、むせる。俺たちの業火のラストダンスはこれからだ!

・・・・・・・・再び萌えくんから電話が来たのは10分後くらいです。
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「あのですね、流札になった紫のタントカスタムなんですけれど」

「はい?」

「あれに商談かけて欲しいんですけど」

「はあああ?」

「いや41万円で流れているんだったら42万円、それでだめだったら43万円とか少しずつ値段を上げていくとか。それよりぶっちゃけた話、出品店にいくらなら売るのか聞いてもらえないですかね?」

「あのねえ。まず萌えくんにはさ、俺の他にオークションの情報を流してくれる仲間がいるっていうのは最初からわかっているんだけれどさ、それだったらそっちの人に商談かけてもらえば良いんじゃないの?」

「それが色々事情があってそういうわけには行かないんですよ」

「それとね、商談申し込みっていうのは君の考えているようなのとは全然違うから。まずこのタントカスタムに対して他に何人商談申し込みしているか基本的にはわからないし、こっちからこの金額でどうですか?って申し込みをする相手は会場に対してだから。会場がそれを出品店に伝えて、出品店が他の商談申し込み状況とかを勘案してOKとか次とか、会場経由で答えが来るの」

「誰が出品しているとか調べられないんですか?」

「それがわかっちゃったらオークション会場通さないで直接取引きする人が出てきちゃうでしょ。それは明らかに規約違反だから!!ヤフオクだって同じでしょう。オークション手数料逃れで直接取引きばかり繰り返してて、それがヤフーにばれたらID停止になるのと一緒」

「じゃあどうしたらいいんですか!!」

「どうもこうも、俺はもう滝川に帰ってきているしね。それにそもそも45万円しか手元にないわけだし、41万円で流札になっているものに41万円で商談しても意味無いでしょう」

「いやお金のことは社長が何とかしてくれるから・・・」

「なんとかって言っても、俺の手元に現金がない以上どうしようもないよ。なんなら今回の責任をとる形で、萌えくんが今からちょっと銀行に行ってうちの口座に10万円くらい入金してみたりするかい?俺はそれでも一向にかまわないんだけれど」

「仕事中だし銀行まで行けるわけないじゃないですか。それにそんなお金だってないし!」

「だからさあ、みんながみんな仕事中だとか接待ゴルフ中だとか紫は嫌だとかお金がないとか自分勝手なことばかり言っていたら買えるものも買えないんだってば。誰かがそれなりに手間なりリスクを負って踏み込まないと。でもそのリスクを当事者でもない俺が負うのはどう考えてもおかしいよね?」

「じゃあ、とりあえずお金の件は社長に連絡してみますよ」

「わかったよ、そうしたら万が一に備えて俺はもう一回これから会場に向けて移動をはじめるから。でもタイムリミットは午後3時だよ。3時までに入金がなかったら翌日入金分にまわされてこっちでは確認取れないしコンビニでお金も下ろせないから」

「わかりましたよ。だけどそりゃあケインさんはいいですよね、何もしないで2万円儲かったんですから」

私は心底あきれ果てて深いため息をついた。そしてまるで学校の先生が小学生に諭すかのようにわかりやすく言葉を紡いだのです。

「あのねえ萌えくん。何もしないで2万円儲かったとか、ちょっとかん違いしているんじゃないかなあ。まず、昨日と今日で俺はオークション会場まで結局3往復するわけ。それで仮にそのガソリン代が1万円掛かったとするよね?そうしたら俺の利益は1万円でしょ」

「でも何もないよりいいじゃないですか」

「じゃあ聞くけど、2日で1万円の仕事を一月に20日したら、俺の月給はたった10万円だよね。萌えくんだったら月給10万円でこんなに働く?」

「・・・・・・」

「まあ時間もないし、俺はまた会場に向かって走るから社長との連絡はよろしく頼むね。移動中でも電話に気が付くようにちゃんとしておくから」

電話を切ると私はプレハブを飛び出し、国道275号線最速の軽と噂される軽耐久レース仕様である愛機、悪魔のスーパートゥデイに再び乗り込んだ。
時間的余裕はあまり多くない。常にアクセルは全開、全てを振り切ってひたすら走り続ける。すると、携帯に着信がきた。保険屋の社長さんからだ。私は路肩に車を停め、電話に出ました。

「はい、ケインです」

「あー、今富良野でラウンドしている最中なんであまり時間がないんだけれど、萌えくんから話が行っていると思うんですけど、紫のタントカスタムを商談で落札して欲しいんですよね」

「それについては再び滝川から会場に向かって移動している最中なのですが、萌えくんにも再三説明したとおり当方の口座に追加金を振り込んでいただかないと商談ができません」

「いや、今ゴルフ場だからちょっとお金の送金ができないんですよ~」

「送金できないのはそちらの都合ですが、どのみち商談の為の追加金がないと落札代金の決済ができないので搬出できません」

「いやそれは今晩こちらに運んでいただいたときにお金の件はちゃんとしますから」

ちゃんとしますから。・・・ちゃんとしますからという言葉もしくはその類語を今まで何度聞いたことだろうか。ちゃんとしますからという人間を信用してはならない。信用していいのは現金だけなのです。それがこの非情な資本主義経済下における日本の原理原則であり鉄則なのだ。そもそもこの社長さんに対しても、私は何度も同じ説明をしている筈なのに彼は何も理解していない。会場に支払うべき代金を全て清算しない限り車は引き上げないし、そうなれば当然今夜先方まで車を届けるのは不可能なのだ。萌えくんといい社長さんといい、いったい何度同じ説明をすれば理解してもらえるのだろうか。

「ですから今手元に現金が揃っていないと、そちらに今夜お引渡しするというのは不可能になると言っています」

「いやあ、困ったなあ。今大事な取引先の方たちと接待ゴルフ中なんですよ」

「別に社長さんが直接振込みしなくてもいいじゃないですか。あなたがあなたの信用で、親兄弟親戚誰でもいいから緊急だという事で私の口座への振込みを電話で依頼してください。お金に色は付いていませんので、どなたからの入金でも私は構いません」

「いや、すぐ連絡取れるかもわからないしそれはちょっと難しいなあ」

「ではあなたの会社の従業員の方ならどうですか?会社にいらっしゃるんですよね?」

「従業員には金の管理は一切させていないから会社の金は動かせない。それに車関係の副業をしていることは一切言っていないので無理ですね」

「別に会社のお金じゃなくてもいいじゃないですか。社長であるあなたが、部下である従業員に社長としての立場と信用を行使して、どうしても急ぎで、あるところに送金しなければならなくなったから君が立て替えて振り込んでおいてくれ、明日返済するから、そう言えば済むことでしょう」

そういうと社長は半ばあきれたように笑いながら答えました。

「いや、いくら部下に対してでも、さすがにそんなことを頼むなんて無理ですよ」

私は詰めの一手を指した。

「あなたの部下でさえ、社長であるあなたに対して信用貸しが出来ないものを、どうして先日一度だけお会いしただけの関係である私が出来るというのですか?どう考えてもそれは無理筋ですよね、違いますか?」

すると突然社長の携帯からノイズ混じりの富良野特有の突風音がまぎれ込んできた。何を言っているのか聞き取れない。かろうじて、また掛けなおしますという言葉だけは聞き取れた。

しばらくすると、また社長から着信があった。

「部下に頼んでそちらに送金する事にしました。それでいくら振り込めば落札できますか?」

「これは商談申し込みなので、いくらなら確実ということはありません。相手がOKするかしないかに掛かっています。金額は多ければ多いほど確実です。まあ追加で10万円と言ったところでしょうか?」

「えっ、そんなに!だって萌えくんから聞いた話では、商談スタート価格45万円って話でしたよ?」

まーた萌えくんは半端な知識で余計なことを社長に吹き込んだものだ。商談スタート価格はあくまでスタート価格で、それで商談成立するのなら午前中のうちに多分売れてしまっている筈だ。

「社長、45万円スタートと言っても45万円で落札できるというわけではないんですよ」

「じゃあいくらなら落札できるんですか!?」

「私の読みでは、ギリギリで48万円。それでも足りない可能性は高いです。なので最低でも追加8万円ですね」

「予算53万円で、既にお渡しした45万円に8万円も支払ったら今まで使った経費を入れたら赤字になるじゃないですか!」

「いやいや、社長は今回の件に付いては銭金の問題ではなく、信用の問題だとおっしゃっていた筈ですが。なし崩し的に追加金を支払って紫でも良いということになるのであれば、最初からそういった方向性で進んでいればもっと別の展開もあったかも知れないのに・・・・」

商談開始が45万円ということは、セリの段階で45万円を超えていたらもしかすると出品者が売り切りコールをしていたかもしれない。セリとはその時一瞬の判断がその結果を大きく左右するものなのだ。

社長は一瞬思案した後、こういった。

「・・・・・・とにかく、商談開始価格が45万円なのでしたら45万円で商談申し込みしてください」

「そこまでおっしゃるのでしたら了承したしました。では仮に商談が成立したとして今日搬出する為には、45万円のほかに商談手数料やら消費税やら、出品車両にはガソリンが全く入っていないのでガソリン代だとか、リサイクル手数料だとか落札手数料とか自動車税相当額とかが掛かってきますので、それが合計すると6万5千円になります。さっきの8万円の計算は、私が本来受け取る筈の手数料やら諸経費を除いた前提でのざっくばらんな計算です。ここで価格交渉が始まるようなレベルの案件であれば、あとあとのトラブルはご勘弁願いたいのでガソリン代まで含めて事前にお振込みいただきます。ちなみにこれには高速道路料金は入っていません。経費削減のため、何時間掛かっても一般道でそちらに向かいます。そして運転するのは今日2回滝川から会場まで走った私です。何か誤解があるようですのでここではっきりとお伝えしておきますが、私はけっして小銭を稼ごうとか取り分を増やそうとかなんて小賢しい事を考えて動いているわけではありませんから。そのあたりをきちんとご理解していただきたい」

「わかりました。では諸費用分6万5千円を3時までにそちらに振り込ませます」

「では、私は引き続き会場周辺のコンビニまで向かいます。セリが終わる終わらないに関係なく、出品者が車両を引き上げてしまっていたら商談はできなくなるので、お互い可能な限り急いだほうが良いでしょう」

電話を切ると、私は再びスーパートゥデイに鞭を入れた。全く、とんだ面倒ごとに関わってしまった。まあ自業自得なのか。

オークション会場周辺のコンビニに着いたのは午後2時30分。入金されたのが45分。会場の商談カウンターにたどり着いたのは午後3時よりほんの少し前だった。カウンターの係員に出品番号を告げて、まだ商談可能かどうかを問う。するとまだ大丈夫だとのことだった。これで、私は私の責任を果たすことができた。

すぐさま商談申し込み用紙に450000円と記入し、係員に手渡す。あとは結果を待つだけです。私はツナギのポケットからくしゃくしゃになったマルボロを取り出し、100円ライターで火を点けました。そう、俺はやるべきことは全てやったのだ。ど素人どもにあれこれ余計な口出しをされながらも辛抱強く我慢してこらえて、それに十分すぎる説明やアドバイスをしてやり、俺が手にする報酬額では考えられないほどの良い働きをした。結果が思うようについてこなかったのだけが悔やまれるが・・・

ほどなくして、商談カウンターからお呼びが掛かった。俺は係員に、アンリミテッドですと告げた。係員が開いた口からは予想通りの答えが返ってきました。

「商談のお申し込みをいただきました45万円では、先方は売れないと言っています」

「ですよねえ。・・・ちなみにここだけの話、例えばあと3万とか5万とか上乗せしたとすると、雰囲気的にはどうでしょうかね?」

「・・・・うーん、それでは多分全然先方の希望金額に届かないと思いますよ」

「そうですか、いや変なことを聞いてしまってえらいすんませんでした。ほな失礼します」

時計の針はもう3時半をまわっていてセリもそろそろ終了する頃合いでした。もう完全にタイムアウトだ。会場はもう人影もまばらになっている。セリの最後まで会場に残るバイヤーは実はかなり少ない。皆目星を付けていた車両のセリが終われば、再びそれぞれの日常へと還っていくからです。そして月曜日から始まったこの狂乱の3日間にも、やっとエンドロールが流れだした。

疲労困憊した体で車を走らせ帰路についている途中で携帯が鳴りました。恐らく会場を出る前に留守番電話に用件だけ入れておいた保険屋の社長さんからでしょう。携帯を開くとやはり社長からでした。

「留守電を聞きましたが、商談不成立だったんですか」

「そうですね、残念ながら」

「萌えくんから聞きましたが、本命の黒いタントカスタムは51万円だったんでしょう?あんな誰も買わないような紫の方がなんでそんなに高くなるんですかって、彼は言っていましたけれど」

「あんなって。現車も見ていないクセにとんでもなく失礼な物言いですね。プロとして私が現車を見て、車の程度としては紫の方が格段に良いと事前にお話したはずですが」

すると社長は半ばキレ気味にこう叫んだ。

「じゃあ一体いくら出せば買えるんですかっ!」

私は深いため息をついてからこう答えました。

「あのタントカスタムは私の持ち物ではありません。私の出品車両じゃないのに、私が値段を決められるわけがないでしょう?」

翌日、社長の指定する口座に、45万円から報酬2万円を除いた43万円と追加入金された6万5千円を振り込んだ。だが入金を確認したとも、お礼の言葉さえも、何ひとつ返ってこなかった。

「まったく、骨折り損とはこのことだな」

私は一人呟いた。良い車を安く提供したいという信念こそが俺の心の拠り所であり、そのための努力は一切惜しんでいないはずなのだが、肝心の顧客ときたら目先の利益ばかりに囚われてこっちの意見なんぞまるで聞きやしない。
耳障りのいい事しか言わない車屋なんて信用するに値しないと思うのだがな・・・

今日3本目のマルボロの紫煙がくゆるのを眺めながらそんな事を考えていると、突然私の携帯が鳴りました。萌えくんだ。

「ああ萌えくんか、そういえばあのあとどうなったの?」

「どうもこうもないですよ!結局他の車屋の在庫のタントカスタムを60万円で引っ張ってきて、それが車検切れだから車検も取って、しかもカーナビも付けなきゃならないからって俺の車についていたナビを外してそっちにつけたりして、さんざんでしたよ。赤字なんてもんじゃないですよ!」

「車検ない車を60万円も出して引っぱってきたの!?それなら最初から俺に60万円預けておけばオークションで黒いタントカスタム落札できたのにねえ」

「そんなことよりも、実は俺の知り合いで今度軽自動車のキャンピングカーを買うって言っている奴がいるんですよ!それで店では220万円のプライスが付いているんですけど、他で200万円以下で買えるなら現金で買うって言っているんですけれど160万円くらいで引っぱってこれませんかね?20万円ずつ山分けしましょうよ!!それでですね・・・・・・・」

・・・・・まったく、私なんかより萌えくんの方がよほどうまく車屋をやれそうだな。私は半ば自虐的に苦笑したのでした。

 

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