スパイクタイヤ大騒動 3 基地外社長と世の中なめてる走り屋ギャル

さていよいよ本編に戻ります。

月曜日、私の携帯が鳴りました。みいちゃんからです。


「ああ、振込み入金が済んだという連絡かな?」と思って電話に出たのですが、なんだかもじもじとして何を言いたいのかはっきりしません。でもどう考えても恋の告白ではないようです。

「あのう、フルピンのことなんですけど、あれってあんまりよくないっていうか・・・」

「良くないって?何が?」

一瞬、俺はまたしても値引き交渉が始まったと思ったのだが、それは違ったようだ。

「もっと高くても、もっと良いものを買おうかなって思って」

「ちょっと意味がわからないんだけれど、こんなに安くてこんなに良いのはそうそう手に入らないと思うけれど、どうして急にそんな事言い出したの?」

「なんか、あのフルピンはあんまり良くないみたいなので・・・」

「そりゃあもっと良い物が欲しいっていうんなら、ミシュランのWRC用でもロシアのフルピンでもお金さえ出してくれれば取り寄せられるけれどさ、なんかその口ぶりだとどちらにしても俺からは買うつもりがないってことだよね」

「ごめんなさい」

「いや別に謝らなくてもいいんだけれどさ。いらないならいらないで買う必要は無いし無理矢理押し売りするつもりも無いけれど、土曜日にはあんなに喜んでいたじゃない?なのになんでそんなに急に意見が変わるのかなあ?」

「それは、バイト先の車屋の社長に画像を見せたら『こんなのはダメだ』って言われたので・・・」

「うーん、何を根拠にダメだなんて言っているの?俺にも信用ってものがあるからね、こちらが絶対の自信をもって用意したフルピンにダメだしされて、はいそうですかって訳には行かないなあ。ちゃんとダメな理由を教えてくれる?」

「それは・・・・・(説明できなくて困っている)」

「うーん、わかったよ。そこにその社長さんとやらもいるんでしょ?なにがダメなのか聞きたいから、電話変わってもらってもいいかな?」

><な顔になっている(であろう)みいちゃんから、私と同年代と思われる男性に電話が変わった。俺は常識ある社会人なのできちんと丁寧に挨拶をした。

「どうもはじめまして、ワタクシ滝川で車屋をしておりますアンリミテッドのケイン(仮名)と申します」

「はあ?そんなのどうでもいいんだけれどさ、何で俺が電話にでないといけないわけ?」

「みいちゃんから伺ったのですが、何か社長さんがフルピンの画像を見て『これはあまり良くない』とおっしゃられたそうなので、一応私も品質と価格に自信をもってお勧めしている手前、何がダメなのかをお伺いしたかったのですが」

「そんなの関係ないしょ、本人がいらないっていっているんだからそれでいいでしょ」

「いえ、本人はたいそうお喜びになってお買い上げいただくという事で合意していたのですが」

「そんなの気が変わることだってよくあることでしょう!」

「その気が変わった理由が、どうもあのフルピンがあまり良くないものだということを社長さんから聞かされてたのが原因のようなのですが。本人に良くない理由を聞いても初心者ですし要領を得ないので、社長さんにお電話を変わっていただいた次第です」

「だからさ、俺は俺の見た感じであまり良くないねって言っただけで、最終的に判断するのは本人でしょう!?その本人がいらないっていっているんだからそれでいいじゃない」

「もちろんいらないのでしたら別に無理にこんな安価でお売りする必要もないですし、買わなくても結構ですよというのは最初から本人にも伝えてありますが、そうではなくて私の用意したタイヤが『よくない』と言われてしまっては、私の信用問題に関わりますので、良くないという点に付いてきちんと理由を教えていただきたいという、それだけなのですが」

「あんたもしつこいね。何、じゃあキャンセル料でも払えば良いって事かい?」

「そんなものは一円たりとも請求したこともないですし必要ありません。そういう話ではなく、私はタイヤの一本一本、各140本のピン全部についてぐらつきがあるかないかチェックして、全タイヤ4本中2本しか抜けておらず、ビードもしっかりしていてチューブレスで使えるのも確認しており、自信をもってお勧めしているものを画像だけ見て「よくない」といわれてはこちらの面子にも関わりますので。なんなら、そちらにタイヤをお持ちして現物をご覧頂いても構いません。見ていただければ納得いただけると思いますが」

「だからそんな事は本人が決めることでしょう!それになんでアンタそんなに自信満々に物事を喋るわけ?何様なのさ」

「何様ってことはないですけれど、国内A級ライセンス持っていますし4輪の競技もやってましたし、フルピン事情に関しては人並み以上に詳しいですよ。それにあのタイヤについては信頼できるツテから入手したものですので、これからピンがボロボロ抜けるようなこともないです。断言できます。」

「ならお前、そこまで言うならそのタイヤに保証付けるか?」

ここで注意していただきたいのは、中古タイヤに保証をつける業者は私の知るところ限りなくゼロである。ましてや10年前のタイヤ、しかも競技用パーツ扱いのフルピンに保証をつけるなんて絶対にありえないことだ。しかし俺は自信があったのでこういったやった。

「良いですよ、みいちゃんがワンシーズン使って半分以上ピンが抜けたら全額返金しますよ」

「そうか、どんなことをしてもピンが抜けないって、そこまで断言するんだな?」

「ええ、保証しますよ。あ、ただしアスファルトの上で空転させて引っかいたりとかそういうのはダメですからね」

「お前今、『どんなことをしてもピン抜けない』って言っただろう!!」

俺はあきれて二の句が継げなかった。フルピンタイヤは氷上、雪上を走るためのタイヤであり、アスファルトの上で使うようなタイヤではない。そもそもスパイクタイヤを履いた車が積雪していない路面を走るのは法律でも北海道条例でも禁止されているし、フルピンをアスファルト路面でガンガン空転させたらピンなんてボロボロ抜けるに決まっている。そんなことは常識中の常識だ。

要するに、このどこの誰かもわからない社長と呼ばれている人物は、若い女の子の前でちょっとカッコをつけたかっただけなのかなんなのか、たいした知識も無いくせに画像でダメだしをして引っ込みがつかなくなったという事なのだろう。まったく寝言は寝て言ってほしい、こいつの言っていることはレベルが低すぎて全然話にならない・・・

かみ合わない会話を続けているとどこの誰かもわからない社長と呼ばれている人物はとうとうブチ切れたのか、俺に対してとんでもない恫喝をした。


「てめえゴルァ、引きずりまわずぞっ!」

「・・・・・それは脅迫ですか?どうぞどうぞ、やれるものならやってみてくださいな。なんなら今からそちらにお伺いしましょうか?」

プチッ。電話が切られました。あのー、まだお話終わっていないんですけれど・・・。特にみいちゃんと。ていうかこれってどう見ても脅迫ですよね。私はどこの誰かをきちんと名乗った上でどこの誰かか存じ上げませんが社長と呼ばれている人物から私に危害を加える旨のことを言われたのですから、これはどう考えても命の危険が危なくてガクブルですよね。恐怖でノイローゼになりそうです。いやもうPTSD発症しました。

法と秩序を愛する一市民としては、非合法的な反撃をするよりもここは国家権力にその裁きをお任せするのが一番です。しかし、私は加害者が誰なのかわかりません。加害者不明では警察は相手にしてくれませんので、仕方なくまたみいちゃんに電話を掛けます。

「みいちゃん?いまの話聞いていたよね?まあ俺としてはこういう残念なことはあったのだけれど、これからもみいちゃんとは友好関係を維持していきたいんだけどさ」

「私もそうしてほしいです」

「でもね、そっちの社長と呼ばれている人から俺脅迫されたわけ。俺は善意で全部良かれとおもって親切にしていることを、こういう形で返されるとちょっと立場がないんだよね。それできちんとケジメをつけないと今後の示しがつかないの。わかるかな?」

「それってタイヤを買えってことですか?」

「違う違う、俺そんな事はただの一度も強要したことないよね。俺が確認したいのは3つ。まずひとつは、買わなくていいけどこのフルピンは社長が言っているようなダメなタイヤじゃなくて、俺が自信をもって君に勧めた良いタイヤだというのを君がきちんと理解しているかどうか」

俺はかみくだいてわかりやすくタイヤの説明をした。一応この点に付いてはみいちゃんも理解をしてくれたようだ。

「そして二つ目は、君のところの社長と呼ばれている人物から俺が脅迫された件。一市民としては基本的に警察に届け出るのが筋なんだけれど、その件で事実関係の確認が君に行ったときに、君は君の聞いていたことをちゃんと嘘偽りなく警察に話してくれるのかな?もしそこで聞いていないとか、知らないとかいいかげんな事を警察に言うようだったら、俺としてはそんないいかげんな人とは友好関係を維持できない。むしろ敵として認定せざるを得ない」

「・・・・・・・。あったことはあったとおりにちゃんと言います」

「よかった。それならこれからも変わらずに仲良くしできるね。それとみっつめ。警察に届けるにあたって相手がどこの誰かわからないと被害届もろくに受理して貰えないので、きみの今いる会社名と電話番号を教えてくれるかな。」

「それ、言わないといけないんですか?」

「だってそれがわからないとさ。俺は自分の名前とか名乗ってきちんと礼儀正しくお話しているのに、そちらの社長と呼ばれている人は名乗りもしないで言いたい放題俺に暴言を吐いて、あまつさえ脅迫までしてきて、それで俺はただ言われっぱなしで引っ込むしかないとかあまり不公平すぎない?そんなの筋が通らないよね」

「・・・・・・・・。わかりました」

みいちゃんが言った会社名をネットで検索すると、その会社がヒットした。相手がどこの誰なのかがわかれば警察とも話ができる。そう思っていると、社長と呼ばれる人物がまた電話に出てきた。

「あのね、今仕事中だからこうやって電話されても仕事にならないんだけどさ!困るんだよね!!」

「いや、今私はみいちゃんと電話していましたが、あなたに電話を掛けた覚えはありません」

「だから彼女は今バイト中で、こうやって電話されると仕事の邪魔なの!」

「それは本人に言ってください。私の問題ではありませんので。ところでさっきあなた、私のことを引きずり回すとかなんとか脅迫しましたよね?私としてはそこまで言われてすごすごと引っ込むわけにも行かないので警察に届け出をしますが、いざ警察沙汰になった時にあなたは自分の言ったことは言ったときちんと認めますよね?」

「・・・・・・いやあ、それはあの時俺も感情的になって何をどう言ったかいわないかなんていよく覚えていないんだけれど」

俺はどこの誰かもわからない社長と呼ばれている人物に心底失望した。自分で言うのもなんだが、この車業界で特に小さいところ(私も含め)の社長さんというのはとにかくワンマンな人が多く、日本の人口比での平均と比較するとものすごくチンピラ率が高い。強いものには弱く、弱いものには強く、頭に血がのぼったらあとのことなんて考えないでイケイケで行ってしまう。この業界に入る前は比較的まともな車屋さんとしかお付き合いした経験しかなかったので、カルチャーショックを受けたことのひとつである。そしてこのどこの誰かもわからない社長と呼ばれている人物も、どうやらその類の人物のようだと私は評価した。


「なんだ、口だけか。このヘタレが」

俺はそうどこの誰かもわからない社長と呼ばれている人物に直接言った。

「ヘタレってなんだコラ!」

「自分の言ったことに責任も持てないようなら口だけって言われても当然でしょう?」

「そっちがそういう気なら、こっちも名誉毀損で訴えるからな!弁護士立てるからな!!」

「はあ。あったこと、感じた事をそのままあなたに言っただけですがそれで名誉毀損だと?まあどうぞお好きなようにしてください。私は私で脅迫された事実をたんたんと警察に届け出るだけですから。まあ、今あなたがきちんと誠意ある謝罪をしてくれるのであれば考えなおさないでもないですけれど」

「何で俺が謝んなきゃならないんだよ!ムキー!!」

また電話が切れました。切れるのはご自分だけにしてください。

話し合いが決裂した以上、私は私の生命と安全と信用を守らなければなりません。非合法的に解決するのもやぶさかではないのですが、私はあくまで善良な一市民なのでここは素直に警察にお電話いたします。

ここで注意点。警察に電話をするときは、かならず110通報をしてください。地元の警察署に先ずは相談・・・・なんて感じで署に電話をしてもまず解決しません。なぜなら、110番通報された事件については地元の警察はかならず「これこれこういう風に対応しました」と報告書を作成する義務が発生するからです。110番通報せず直接相談すると、最終的には「まあもう一度相手の方とよく冷静に話しあってさ、そこでもし暴力行為とかがあったらすぐ警察も対応するからまずは当事者同士で穏やかな解決を模索するほうが良いと思うよ?」などと軽くあしらわれてしまい、警察に連絡があったという公式記録さえ残りません。

というわけで110番を掛けます。内容的にはこうです。民事のやりとりをしていると関係ない第三者が出てきて、私に対して「引きずり回すぞゴルァ」と脅迫してきた。殺されるかもしれないし怖いのでなんてとかしてください。以上。

110番のオペレーターの人の巧みな電話引き伸ばし工作を受けていると、我が屋の玄関のチャイムがなりました。どうやら呼んでもいないのに交番の警らのお巡りさんが到着したようです。これ以上はそっちと話をしてくれとのこと。なかなかやりおるわ、110番。

そしてここからの展開が予想の斜め上過ぎて、とんでもないことになるのでした。

続く

 

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません

 

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