スパイクタイヤ大騒動 8 基地外社長と世の中なめてる走り屋ギャル

さて美人刑事さんご一行が取調べ室から出て行ったあと、しばらくして再び制服を着た巡査二名が取調べ室に戻って来た。目が笑っていない。これはまるで犯罪者を見るような視線だ。だが私は伝説の基地外クレーマーなので(笑)相手がヤクザだろうが本物の基地外だろうが不必要に臆することなどはない。自分の名誉と誇りとこの自由の翼にかけて(要約するとただのメンツともいう)、言うべきことは相手が大統領だって言ってみせらあ。でも飛行機だけはカンベンな。

さて対面に座った巡査は私にこう切り出してきた。

「とりあえずケインさんからの事情は一通り聞き終わりましたが、今後どうされますか?」

「どうされるも何も脅迫で相手を起訴だって何度も言っているでしょう」

すると巡査は警察官がよくする一件神妙で相手を気遣っているような、しかし実は相手を気遣っているというより実は加害者だろうが被害者だろうが両方とも警察の手を煩わせる犯罪者予備軍だなこの野郎!みたいな社会のクズを見るかのような視線をこちらに飛ばしながら言った。

「ですが相手の社長さんも、弁護士を立ててケインさんのことを名誉毀損の罪で刑事、民事両方から被害届を出すと言っています」

「はあ?それが何か」

・・・・・・・・

「だって訴えるのは向こうの勝手でしょう?ならそれはそれで勝手にすればいいじゃないですか。だけどこっちの脅迫の件については告訴の手続きを、たんたんと進めともらわないと困る。それはそれ、これはこれで全然別の話だから」

「いや別じゃなくてあくまで一連の事案ですので」

「知らんがな。そもそも俺はあんなもんが名誉毀損になるわけないと思っているし、それで起訴まで行くかどうか、検察がどういう判断するのかも知らん。だがこっちは被害届ではなくきっちり告訴の方向で」

世の中には被害届を出せば警察の親切なお巡りさん達がいろいろ頑張って捜査をしてくれると思っている方がいるようだが、実は被害届けと告訴は大きくちがうのだ。

被害届は加害者が誰だかわからなくても提出できるが、警察はとりあえずそれを受理したとしても、毎日多発している市民の生命と安全を脅かす凶悪犯罪の取り締りをどうしても優先して行わなければならないので、緊急性の低い被害届の犯人探しには数十年というとほうもない歳月を要することもある。

だが告訴は、相手方を特定している前提なので警察の方のお手をわずらわせなくても済む。なので速やかに相手に法の裁きを下したい場合は~例えば知らない人から理不尽な暴力をふるわれたり、車で当て逃げされたりした場合など~まず現場で相手を逃がすことなく取り押さえ、民間人による現行犯逮捕で加害者を確保、そして警察に引き渡すことが重要なのである。俺もその仕組みを知らず、何度煮え湯を飲まされたことか・・・・・

巡査は警察お得意の喧嘩両成敗で処理しようとした目論見があっさり看破され、観念したのか話題を次へと進めた。

「それでは当面の間ケインさんにお願いすることがあります」

「はあ」

「一つ目、まず証拠物件であるタイヤについては来週証拠写真を撮りにいきますので、それまで保管しておいてください」

「いや、さっきも何度も言ったけれど、あれは私の持ち物じゃなくて先輩からの預かり物だから、所有権ないので返せと言われたら返さざるを得ないよ?もし写真が必要だというのならなるべく早めに撮りに来てください」

「・・・2つ目、相手の社長さんには一切電話などの連絡をしないでください」

「なんで俺がいまさらあいつと話なんかする必要があるんねん」

「・・・3つ目、みいちゃんさんとはもう二度と連絡したりメールを送ったりしないでください」

「またその話か!さっきも言うたやろ、本人から直接そういう意思表示をもらわん限り俺の中ではみいちゃんとはいまのところ友人関係だって。ただしもう連絡しないで欲しいとかそういう失礼なことを彼女が言ってくるようだったら、俺は今後徹底的にみいちゃんを『敵』として認定するからね」

「その敵ってなんなんですか!」

「敵は敵でしょ。エネミー、敵対者、商売敵、市民の敵、警察の敵、排除すべき敵。まあ敵は敵だ。おっと、だが相手が敵だからと言って俺が法律に触れる様なことをして敵を攻撃するということは当然ないので勘違いしないように」

「だからって何も敵とかいう事はないでしょう!?」

「なんや、個人が個人の嗜好で他人のことを好き嫌い、敵味方に分類しちゃいけないのかい。敵は敵だろ。俺は敵には一切容赦しないよ」

「とにかく連絡はしないように!」

「だから、なんで個人間のお付き合いが警察の方から規制されなきゃならないわけ?」

「・・・・・ストーカー規正法に抵触する恐れがあります」

またストーカーかあああああああああああああああああ!!!さすがに俺も頭にきた。

「そんなにストーカーストーカー言うんだったらさ。俺はさっきみいちゃんにメール送りましたよ。ええ、間違いありません。だからさっさと今すぐストーカー規正法違反の現行犯で逮捕すればいいじゃん」

「いやそういう話では無く、犯罪を未然に防止するという観点で」

「だからなんで俺がみいちゃんにメールを送ると犯罪を構成する要件になるのさ。そもそもそのストーカー規正法に違反するとかしないとかっていう判断は一体誰がするわけ」

「法律に定められています」

「いや、法律は自発的に物事を考えたりできないから。誰がその法律の判断をするの」

「法に基づいて我々警察が判断します」

「違うでしょ、判断するのは警察では無くて裁判所でしょうが。警察が判断するなら容疑者として逮捕された時点で100%全員有罪になるでしょう。法治国家日本でそんなバカな話があってたまるかいな。あなた三権分立って知ってます?」

すると巡査はすでに怒りで顔が真っ赤になっており、次の瞬間とても善良な一市民に対する言葉遣いとは思えないような勢いで俺に向かって怒鳴りつけてきた。

「この件は保留だっ!!」

「・・・保留って、何が保留なの?主語が無いから全然わからないな。メールを禁止するのが保留なのか、現行犯逮捕が保留なのか、3つ目のお願い自体を保留にするのか」

「保留と言ったら保留だっ――――――!」

俺はあきれてしまい、一瞬二の句が継げなかった。いくらここが閉鎖された取調べ室という特殊な空間だからと言って、被害者であるはずの私が何故警察からこのような高圧的な態度で威嚇されねばならないのだろう。もう、これでは理論理屈でおとなしく話ができるような状態ではない。

それにしても俺はいつでも誰に対してもこんな感じで穏やかにお話をしているというのに、どうして世の中の皆さんは突然怒り出すのだろうか。大企業のお客様コールセンターから牛丼屋のバイトにいたるまで、お客様にこんな失礼な態度をとってただで済むところはない。そんな傍若無人が許される企業はパチンコ屋以外まず存在しないだろう。それともこういうことなのか、車屋というのは士農工商でいうところの身分最低ランクの卑しい職業なので、警察から取引先、お客様に至るまで全ての方からあまねく罵声を浴びねばならないというのが日本国憲法で定められた車屋の義務なのであろうか。

もうこれ以上この巡査に何を言っても無駄だろうから、仕方なく相槌をうっておく。

「保留ね。はいわかりましたよ」

すると巡査は一呼吸ついたかと思うと、また言葉を続けた。

「4つ目!」

その言葉を聞いた瞬間、俺はマジで素で突っ込んでしまった。

「まだあるんかいっ!!」

「4つ目、相手の会社には行かないこと。相手の会社の敷地に立ち入った場合、違法な住居侵入で逮捕されることもありえます」

「別にいまさら話すこともないし、こっちから行くつもりもないのでそれは大丈夫です」

巡査からの要求事項はようやく全部終了したようだ。するとたまたまなのかタイミングを見計らっていたのか、めがねを掛けた体格のいい刑事が取調べ室のドアを開けて俺に声を掛けてきた。

「どーもどーもケインさんお疲れ様です。いやね、もう時間も夜の10時を過ぎちゃっているしさあ、私もおなかがすいちゃったのでそろそろうちに帰って晩メシ食べたいんですけど、どうですか、今日のところはもうこの位でおひらきってことにしてもらえませんかね?」

おひらきもなにも、俺は何度も何度も同じことを聞かれ続けて一向に取り調べが終わらないからここにいるだけで、別に嫌がらせをしようと思ってこんなところに居座っているわけではない。

「そりゃあ別に私だって好き好んでここにこんなに長い時間いるわけじゃないんですけれどね。何故か行きがかり上まだここに閉じ込められているだけで」

「いやいやそんな閉じ込めるだなんて人聞きの悪い。そういうことなら、じゃあまた続きは後日ってことでいいですかね?」

「ええ、構いませんよ。ではあとはここから勝手に出ていって、勝手に歩いて帰ればいいんですかね?」

すると例の強面の刑事課長が現われて俺にこういった。

「いやいやケインさんが歩いて帰りたいってのなら別にいいんですけれどね。あ、そうか。署に来る時うちの捜査車両で来ていたんでしたね!」

そして刑事課長は取調べ室にいた巡査二人にこう指示した。

「ほら、ケインさん帰りの足ないっていうからさ。自宅まで送って差しあげて。パトカーで!!

パトカーで送迎してもらえるようになるとは、俺もずいぶん出世したものである。

 

続く

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません

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