スパイクタイヤ大騒動 10 (完結)基地外社長と世の中なめてる走り屋ギャル

前回までのあらすじ。

走り屋ギャルのみいちゃんに、スカイラインに履かせるフルピン探しを頼まれたケイン。安くて良い物を、という無理難題をクリアし良品のMT-14をゲット。大喜びのみいちゃん。

ところが数日後、手のひらを返したように「いらない」と。その影には彼女のアルバイト先のどこの誰だか存じませんが社長と呼ばれる人物の暗躍があり、不当にケインの用意したフルピンの評価が下げられてしまう。みいちゃんからの信頼もダダ下がり。

そこでそのどこの誰か存じませんか社長と呼ばれる男と電話越しでやりあうケイン。しかし相手から生命に関わる脅迫を受け、奴に法の裁きを下すべく舞台は警察の取調室へと移る。そしてついにどこの誰かは存じませんが社長と呼ばれる人物と対峙するケインなのだが、レフリーストップによりあえなく無効試合となってしまう。

結局ケインは脅迫罪で告訴、相手は名誉毀損で訴訟の姿勢を崩さないが・・・「俺は一体何と戦っているんだ」そこに寂寥とも呼べるむなしさをケインは感じつつ、ついに手打ちの決意と共に再び取調室へと向かうのであった。

翌月曜日。警察署で刑事部長との面談約束の日だ。

前回の第一取調室の一件で俺は警察(特に巡査クラス)の、「保留と言ったら保留だぁーーーーっ」的な事案に対してあまりに無防備すぎたことを反省していた。それはもう脳内で「保留」が「くぎゅうううううううううううううう」に変換されてしまう釘宮病の末期症状を呈するくらい反省していた。取調室は被害者であろうと加害者であろうと常にアウェイなのだ。アウェイに丸腰で行くのは自殺行為である。刑事部長には「録音とかナシでね☆」と、くぎゅう、もとい釘を刺されていたが、取調室での録音行為は違法行為でもなんでもない。もちろん堂々と行えば難癖を付けられて100%阻止される。だが俺には何もやましいことは無い。いたって普通に、そして無造作にICレコーダーを身に着け、警察署へとてくてく歩いていった。

到着した警察署で名前を告げると、いつもの第一取調室ではなく第三取調室へと案内された。そしてそれほど時を置かず件の刑事部長と記録係の巡査が入室してきた。刑事部長の顔はやっと面倒な問題が解決するということで多少綻んでいる様だった。俺は椅子から立ち上がり、「色々とご迷惑をお掛けしました」と先ず詫びの言葉を述べた。

刑事部長はいやいや無事に解決できて云々~と言いながら、俺の左ポケットの膨らみに視線を走らせた。

「ところでケインさん、その左ポケットには何かが入っているようですが、それは何ですかねえ?」

俺は間髪容れず答えた。

「これですか、いやあこれはちょっと個人的な恥ずかしいモノなので、お見せできないんですよ」

「いやいやいやいや万が一何か危険な物とかだったらアレ(アレってなんだ?)なので、ちょっと見せていただけますか」

「えー、何も悪いことをしていないのに、なんかまるで取り調べを受けている容疑者みたいでそういうのって困るなあ」

「まあまあそんな事言わないで見せてくださいよ」

俺はさんざんもったいつけた後、ポケットから財布とカギを取り出して机の上に置いた。だが歴戦の刑事部長はさらに追い討ちを掛けてくる。

「おや、そちらの右のポケットにも何かが入ってますね、それは何ですかね?」

「別にこれといって特別なものは入っていないですよ?」

「まあまあちょっと見せてくださいよ」

俺は右のポケットから携帯電話を取り出して机の上に置いた。もちろん携帯は待ち受け状態のままであり、ボイスレコーダー機能での録音などしていない。

これで終わりかと思った俺が甘かった。刑事部長は今度はまるで「うほっ」とでも言いそうな勢いで服の上から俺の体を優しくタッチし始めたのだ。しかも顔は笑っているが目が全く笑っていない。

「いやいや何かね、危険なものとか身につけていないかちょっと触ってみるだけですから。ちょっとだけですから。ちょっとだけですからね・・・ちょっとだけっハァ・・・」

さすがにこの状態で「アッ―――!」と嬌声をあげるほどのユーモアは俺にはなかった。いやはや、マジでここまで警戒するのか・・・さすが刑事部長、つわものである。

ひととおり軽めの身体検査が終了すると、ようやく椅子に座るのを勧められた。どうやらこれから本題に入るらしい。刑事部長が口を開いた。

「さて、これから調書を取ります。それで前回ケインさんからお電話でご提案いただきましたとおり、今回の件はお互い和解ということで手続きを進めさせていただくということでよろしいですね?」

「はい、よろしくお願いいたします。ですがひとつ心配していることがあります。刑事事件としての名誉毀損については警察の管轄なのでしょうけれど、そちらのケリが付いた後民事で名誉毀損で訴えられるというような手のひら返しを食らう心配はないのでしょうか」

「それについては、ちょうど今うちの刑事が札幌に向かっており、そういうことがないように先方からきちんと書面をとってきます。ですのでその点に付いては心配ありませんのでどうぞご安心ください」

「わかりました」

そして調書の作成のため、口頭で事実関係の確認が始まった。そしてそれはスムーズに進んだのだが、途中で目の前に提示された調書に俺はとんでもない違和感を覚えた。そこにはこうはっきりと記載してあった。

被疑者 ケイン 罪状 侮辱罪

「・・・・・・ちょっとお伺いしてもいいですか?」

「なんでしょう」

「ここに被疑者ケインって書いてあるんですが。被疑者ってたしか容疑者、つまり犯罪を犯した(かもしれない)人のことですよね?」

「まあ言葉上はそういう事になりますけれど、これはあくまで形式的なものですから」

「いやいや形式的なものでそんな簡単に犯罪者にされるわけにはいかないですよ!一体全体これはどういうことなんですか!?」

「それはですね、ケインさんにはケインさんの言い分があって、もちろん相手にも相手の言い分がある。まずこれはご理解いただけますね?」

「ええ」

「で、相手はケインさんにレベルが低いとか何とか言われたことについて犯罪だとして訴えると言っている、ここまでもいいですね?」

「はい」

「それで、相手もその訴えを取り下げるからケインさんも脅迫罪で相手を訴えることを取り下げてお互い穏便に事を解決する。つまりはそういうことです」

「ええええええええっ!?つまり、私は犯罪を犯したかもしれない容疑者ということで今ここにいるってことになっているんですか?」

「いやいやこれはあくまで形式的な話であってですね、侮辱罪といっても名誉毀損よりも遥かに量刑の低い、いわば軽犯罪法違反みたいなものですし、相手も訴えを取り下げるので何も心配ありませんよ」

「心配あるとかないとかそういう問題ではない。何故俺が犯罪者扱いされねばならないのだ。そんな調書にサインなんてできるわけないでしょう?」

「困りましたね、だって先日ケインさんは私に『穏便に解決したい』って言ってくれたじゃないですか。それでせっかく一件落着したと思って安心していたのに、これじゃ話が違いやしませんか」

刑事部長が俺を見つめる視線に無言の圧力が上乗せされる。要するに、警察としては喧嘩両成敗ということで処理したいのだ。これはちょっと予想外だった。俺は暫し逡巡する。

「・・・・・その調書に、追加で記入していただきたい文言がある」

「ほう」

「ケイン容疑者はこの容疑について一切否認している、と書き加えていただきたい」

記録係の巡査の顔に困惑の色が浮かび、刑事部長へ縋るような視線を走らせた。だが刑事部長は何事もなかったかのようにこう答えた。

「いいでしょう、わかりました。そう追記すればケインさんはこの調書にサインしてくれるんですね?」

「・・・・どうやら他に選択肢はないようだ。不本意ながら同意する」

長い不毛な戦いはついに終戦を迎えた。俺は自分が脅迫の被害者である旨の調書と侮辱罪の容疑者であるという二通の調書にサインをし、同時に脅迫の訴えを取り下げるサインをして忌わしき第三取調室を後にした。

警察署から出た外の空気はひどく乾燥していた上に突き刺さるように冷たく、とぼとぼとした俺の歩みをさらに鈍らせた。だが、俺の手には赤いLEDランプが点灯し続けている、つまり取調室に入る前からずっと録音状態になっていることを示しているICレコーダーが握られていた。そしてICレコーダーは発熱するわけがないのに、何故かそれを握り締めている右手がほんの少しだけ温かい様な感じがした。

~エピローグ~

名誉毀損罪とは実は巡査が言っていたように「大学生に対して教授がバカと言った」だけで成立するようなものではなかった。内容が事実であるかそうでないかは全く関係ないというのは確かにそのとおりなのだが、これが犯罪として成立するためには実はもうひとつ重要な要素が必要だったのだ。それはその言葉を第三者に広く知らしめて相手の名誉を毀損したという事実、である。

俺の場合はどこの誰か存じませんが社長と呼ばれる人物に対して「レベルが低すぎる」「なんだ口だけか、このヘタレが」と電話で直接言っただけだ。電話で本人にそういった言葉を浴びせてたとしても他の誰かが聞いているわけではないので、これは名誉毀損罪には該当しない。これは私も相手も、そして警察も、関係者全員が見落としていた盲点である。また、取調室で同様の発言した事については、立ち合わせた公務員(刑事・警官)には公務員としての守秘義務があるので、そもそも第三者に広く知らしめようがない。付け加えるならば、もし警官が誰かに知らしめた場合には逆に守秘義務違反で懲戒処分を受けるであろう。

またインターネット掲示板やブログなどでそういった事実関係を記載した場合名誉毀損罪が成立する場合もあるが、私に関してはただの一度たりともどこの誰か存じませんが社長と呼ばれている人物が、どこの誰かという事を特定したことも無ければ特定できるような書き込みもしたことがない。故に、そもそも特定できない人物に対して特定の人物の名誉を毀損できるはずがないのだ。

であるから、最後の調書を作成した時の私の容疑が「名誉毀損罪」ではなく「侮辱罪」に格下げになっていたのだ。名誉毀損罪では立件不可能なのだから、これは警察の苦肉の策だったのであろう。

そして事件が起きてからこのスパイクタイヤ大騒動シリーズが完結するまでちょうど1年を要した。これには私がだらしないという以外にも、実はもうひとつ理由がある。犯罪行為には「公訴時効」というものがあって、軽犯罪法違反や侮辱罪の場合は1年がその公訴時効なのだ。つまり1年間が経過するといくら被害者が警察に被害を訴えようとしても時効が成立しているので、もはや犯罪として処罰を求めることすらできなくなるのだ。ということは、私が侮辱罪で有罪になることはもう絶対に無いという事なのだ。

では私がどこの誰かか存じませんが社長と呼ばれる人物から受けた脅迫罪についてはどうだろうか。これは有罪となれば5年未満の懲役、禁固となる重罪なので公訴時効は3年間である。つまりあと2年間、どこの誰かは存じませんが社長と呼ばれる人物は私が心変わりをして弁護士を連れて告訴手続きを開始した場合、容疑者として裁判にかけられたり有罪になったりする可能性が残っているのだ。

もちろん今すぐそんなちゃぶ台返しをする予定はないし、もしそれを行ったならば警察から「話が違うじゃないか!」とメチャクチャ怒られるだろう。だがそうなった場合、その辺の難しいことは一切合財懇意の弁護士先生にお任せするしかない。知り合いに弁護士がいるという事は実に心強いことである。

まああと2年間、どこの誰かは存じませんが社長と呼ばれる人物は、私が心変わりしないことを祈って怯えながら暮らすがよかろう。

そうそう、みいちゃんのこと。すっかり忘れていた。

この事件の後何度かメールのやりとりはしたのだが、結局反省の色は見えず誠意ある謝罪も無く、最後には連絡さえ拒否されて俺の中では未だに敵扱いである。SNSもブロックされたし、恩を仇で返されるとはまさしくこのことであろう。彼女はきっといつか相応の報いを受けるのであろうが、俺個人としてはかわいい女の子には弱いので、もしかしたら何かのきっかけで許しちゃうかもしれない。
他人への善意も踏みにじられ、引けば良いのに面倒ごとにはいつでも首を突っ込む。そんな弱小車屋ケインは今日も行くのであった。



 

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません

スパイクタイヤ大騒動 10 (完結)基地外社長と世の中なめてる走り屋ギャル” に対して9件のコメントがあります。

  1. Tatsuzo より:

    『スパイクタイヤ大騒動』執筆お疲れ様でした。

    「大井貴之のSports Driving Labo」をきっかけにこのブログに辿り付きましたが、このライトノベル的なストーリーにはとても惹き込まれました。
    不義理なギャルとDQN社長には天罰が下ることでしょう。

  2. unlimitedracingjapan より:

    コメントありがとうございます。
    お気付きかとは思いますが、このライトノベル的なストーリーは実は100%実話だというのが最大のジョークです(笑)

  3. 匿名 より:

    でしょうねw
    どこの誰かはよく分からない社長と呼ばれる人物がまた悪さしてるようなら、ケインさんの心変わりで天罰を下してやってください。

  4. shimesaba より:

    突然すみません、読み応えのあるお話なもので時々思い出した様に読みにきてます。
    1つ質問をさせて頂きたいのですが、作中(?)6話にて言及されている「2・1・2・1」というのはどう言った打ち込み方なのでしょうか。
    今どきスパイクタイヤ、ましてや4輪用となると情報が少なく、一見不規則に見える既製品のスパイクタイヤのピン配列がどのような法則に基づいたものなのか、ご存知でしたらお教え頂きたいです。
    ご回答の程、宜しくお願い致します。

  5. unlimitedracingjapan より:

    >>shimesabaさん
    おおっ、ファンがいてくださるとはなんとも嬉しい!!古いコンテンツでもリピートしてくださる方がいるというのはサイトを維持する励みになります。
    ・・・さてご質問の2121ですが、第2話の画像を見てもらうとイメージしやすいかと思うのですが極端に言うとMT-14のブロックは1ブロックに四角形が2個くっついたような形になっています。
    その1ブロック2個の四角形に対して1本ずつ(つまり四角形の真ん中に1本ずつ、計2本)ピンを打つのが「2」です。そのまま全部そのようにピンを打つのが理想なのですが、競技規則の関係でピンの上限本数が決まっているため1ブロックに1本だけピンを打つブロックを間に入れます。それが「1」です。で、タイヤのパターンとして一列に4ブロックあるので、1ブロックにピンを2本打つのと1本だけ打つのとを交互に並べた状態が通称2121です。
    ただ画像のピンの打ち方もそうですが、「1」で打つ場合もブロックの真ん中に打つ場合とか、四角形のどちらか一方の真ん中に打つ場合とか色々あります。これはタイヤの作り手の好みとか、後日増しピンできるようにとか思惑は様々です。ただ、ほとんどの場合何らかの規則性のもとピンの打つ位置を決めているはずです。タイヤを回転させた時に同じ軸線上にピンが重ならないようにずらしているとか。
    どうぞ参考にしてください。
    なお現代の車は車重が重くなっているので、手に入りやすい昔のスパイクタイヤを履かせたりすると荷重指数が足りなくて(?)あまりよろしくないことも起きたりしますので注意が必要です。私はR32GT-RにMT-14を無理やり履かせていた事があるのですが、しばらく使っていると1本タイヤの内部カーカスが破断してタイヤが変形してしまいました。

  6. 匿名 より:

    V36のFRに乗っておりまして、毎冬スタックすることからスパイクタイヤについて調べていたところ、こちらに着陸させていただきました。
    楽しく読んでしまいましたが、肝心な、スパイクタイヤを履くにはどうしたらいいのか調べていたにもかかわらず、結局答えが見つかりませんでしたね
    付き合う人を選ぶというのは大事ですね。

    ところで、技術的なことをお聞きしたいのですが、今履いているスタッドレスにピンを打ち込んで履くというのは車屋さん的にはやはりおすすめできないのでしょうか?

  7. unlimitedracingjapan より:

    >>匿名さん
    コメントありがとうございます。
    スタッドレスタイヤにピン(のようなもの)を打ち込む製品は、昔よく見かけたのですが今はあまり聞かなくなりました。弁慶という商品なんですが、スタッドレスタイヤは柔らかいのでどうしても抜けてしまいあまりよろしくないようです。同じ理由でピンも打ち込めません(そもそもサイプが入っているので打ち込んだピンが保持できませんです)。
    なのでピンを打つとしたらスタッドレスタイヤではなくオフロード用のブロックタイヤがターゲットになるのですが、ジムニー用とかランクル用のサイズしかありません。というわけで現状新規でスパイクタイヤを製作するのはなかなか難しいです。
    でもこの記事にも書いたスパイクタイヤは通称フルピンと呼ばれる競技用タイヤに限った話を書いています。ロシアや北欧などでは現代でも18インチとかのサイズで普通のスパイクタイヤが売られています。前に調べた時にはヨコハマタイヤの商品もありましたよ。国内のヨコハマタイヤのサイトでは検索しても全く出てきませんでしたが。
    例えばNOKIAN studded tire とかで検索するといい感じのものが出てくるのではないでしょうか。
    ただ国内ではスパイクタイヤ規制の関係で正規ルートでの入手は難しいかと思います。商品自体は存在しますので、あとは入手するまでにかかる費用や手間が見合うかどうかご判断ください。

  8. 匿名 より:

    >unlimitedracingjapanさん
    ありがとうございます。
    規制があるということで、断念していたのですが、少し調べたところ札幌なんかでも真冬の時期はスパイク履けるということを知り、それならもう少し売っていてもいいのではないかなと思ってしまいます。

    かなり冷えこんだ日に、標高1000m近くの宿の道の最後の登りがどうしても登れず、やはりFRはだめか・・・と。助走つけても登れなかったです。こんなときにスパイクタイヤが有ればなあ・・・と。ボタン押したらニョキっとピンやらが出てくる仕組みがあればいいのですが。

    色々教えてくださりありがとうございました。

  9. unlimitedracingjapan より:

    >>匿名さん
    最後の上りが登れない、という特定のシチュエーションでしたらその場所だけスタッドレスタイヤにタイヤチェーンを巻くのが一番良い解決方法だと思います。タイヤチェーンと言っても樹脂で出来ていて表面に金属ピンがが配置されているタイプのものが良いです。なるべくピンが多くてごついものを選ぶのがポイントです。
    でもいちいち脱着するの、面倒くさいですよね。

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